パターンの集積


■自転車にのること(補助輪無しで)と、水泳は、一回覚えたらだいたい死ぬまで忘れないと言います。たぶん、竹馬もそうだと思います。竹馬に乗れない私としては竹馬にのれる人がめっちゃくちゃうらやましいです。

■仕事は可能な限りマニュアル化して、できれば自動化して、誰がやっても同じ品質のものを同じ時間でできる、というのが理想です。少なくとも私はそういう考えです。それで「そういうふうにしてくれ」と言われ続けているのですが、どうしてもどうにもならない部分が残ります。それがたぶん、自転車乗りとか水泳に近いものなんだと思います。とにかくやってもらわないとわからない。言葉と理屈で説明はできる。理屈上はそれでできることになる。でも説明の後にやってもらっても同じようにはできない。

■「実際にやってもらわないとわからないこと」または「何度もなんどもくりかえしてやらないと、どうしてもわからないこと」というのはあります。それが肉体的な作業でなかったとしてもです。これは先日の「暴力」の話に少し近づく話だと思います。

■人の行動はもちろん、人の思考も、基本的には習慣化されパターン化されたものだ、と私は考えています。どんなにオリジナリティのありそうなことでも、どんなに斬新そうに見えるものでも、すべてはパターンの集積だと思っています、私は。だからそのパターンをどのぐらい集積するかにかかってきます。

■というわけで、「Get Up, Dress Up, and Show Up」(起きろ、服を着ろ、そこへ行け)という言葉はそれを知って以来、座右の銘となりました。