「何のために働くのか?」という問い


■「家族になろう」というと、最近はカップルの間で子供をつくること、という意味になっているらしいです。結婚していて子どものいないカップルは家族じゃないのか? というとそんなことはないと思いますが、子どもがいると圧倒的に変わってしまうことがいくつもあります。その1つが「自分1人だけでは決められない案件の激増」です。

■生活も仕事も、すべて「決断」の連続です。子どもがいると家の中で「話し合って決めないといけないこと」「配偶者(および/または、子ども)の意思を確認しないと決められないこと」が増えます。家の中はごちゃごちゃしてくるし、葛藤も増えます。決めるということを、1人ではできなくなる。しかも、乳幼児はこっちが「決めて」も、決めた通りになんか絶対に動きません。これは、私にとってはたいへんなストレスでした。

■家の中がぐっちゃぐちゃでも、通勤電車に飛び乗って会社に出てくると、あら不思議。今までのぐちゃぐちゃを全部忘れられるのです。会社(仕事)はつらいし嫌なことも多いけれど、家庭生活のあらゆることが仕事のおかげでスーッと消えます。仕事では、考えなければいけないことや、やらなければならないことが次から次へと出てきます。そしてそれは自分の判断と自分の裁量でできる。むしろ決めなければならない。そして決めた通りに動く!(※勿論、すべてではありません)すごい。会社って、まるでドラッグだよなあ、と少し思う昨今です。しかもお金までもらえちゃう!

■「何のために働くのか?」という問いに対して、「○○のため」という目的を「ねつ造」(あえてかっこにいれました)するのは簡単なことです。お金のため、とか会社のため、とか業界のため、とか国のため、とか何でもいいんです。「家族のため」でもいい。でも、仕事中毒、会社中毒になる人は、この「ねつ造された目的」を本当に達成するために仕事をしているわけではないです、たぶん。何か他のことのために仕事をしている。そしてその「本当の理由」をどこかに押し込めている。むしろ、押し込めるために仕事をしている。(続く)