自分を責めすぎる人の無反省

■週末に、1週間分の食料や必要なものを買いに行きます。子どもがついていきたがるので最近は子どもと二人で行きます。「お手伝い」をしたいと。先日、車から大量の荷物を降ろすときに、「わたしも持つ」と言い張りました。かなり大きな袋が複数、しかも重たいので、「じゃあ、この牛乳をもっていって」と、1ガロン(3リットル)入りの牛乳ボトルを渡しました。重くて少しよろよろしており「危ないなー」と思いつつ。それをもって家に入ったのですが、戸口で娘が入ってきたのを見た夫は、その牛乳を受け取ることもせず「手を洗いなさい!」といつもの一言。

■これを見て「ああ、この人はこういう人なのだなあ」となんだか妙に腑に落ちました。私だったらまず子どもの手から牛乳を受け取ると思います。こういう部分……つまり「他人が今その瞬間に何を欲しているか、何が必要か」を感じ取る能力というのは、たぶん人によってものすごく違っていて、それはもしかすると生まれたときから決まっているのかもです。変わらないし、変えられないのかもしれません。

■その「人によってすごく違う」という部分なのですが、今、ある本を読んでいまして、その本はアメリカで大ベストセラーになり、発売から数年経過した今でもアマゾンのジャンル別の第1位です。レビューが既に1万件を超えているのですが、そのレビューがあまりにも多種多様すぎて、その「多種多様であること」に感動を覚えている私です。

■「本を読んだ本人」の視点や考え方によって、感想が180度違ったものになっているのです。180度どころか、異次元・別次元にふっとんでいる感想も。注目しているところも、面白いと思う箇所も、退屈と感じる箇所も、てんでばらばら。本当に興味深いです。この本については、もうすぐ読み終わるのでいつか書こうと思います。

■「人によって感想が大きく異なる」という点では、「テレホン人生相談」もそうでしょう。自分自身を反映させて受け止めるからなんだろうなあ、と思います。以下の回は、最近では久々の私的大ヒットでした。3人兄弟の三男と関係が悪化している母親からの相談です。三男は既に成人していますが、長年にわたって長男に激しい虐めを受けていたのに、母親がまったく気づきませんでした。そのせいで三男から責められており、どうしたら良いか、というのが相談内容です。具体的な相談内容よりも、「愛情とは何か」「エゴとは何か」について深く考えさせられる内容です。

■この母親は「私がすべて悪かった」と言い続け、嗚咽します。深く悩んでいるのですが、それがまったく意味のない反省なのです。こういう考え方の根っこみたいな部分は、本当に変えるのが難しいと痛感します。なぜ変わらないのかについても、この回答を聞くとだんだんわかってきます(死ぬほど酷い目にあうと、少しは変わるのかもですが)。回答者は、加藤諦三マドモアゼル愛。私は、個人的にマドモアゼル愛先生の大大大大大ファンです。もー好きすぎてどうしたらいいのかわかりません!
15分程度なので、興味のある方はぜひ聞いてみてください。