アメリカへ戻ってきた理由 3

話がずれそうになりましたので戻しますと、原発事故の起こった当時、夫は日本で副業として英語を教えていました。「アメリカへ戻ったほうがいいんじゃないか」という話が、何度もなんどもわたしと夫の間で起こりました。にも関わらず、すぐに移動しなかった理由です。先日も書いたとおり、わたしたちは日本へ戻ってきたばかりだったこと。しかも不動産を購入して住んでいました。そのせいで、そう簡単には移動できなかったのです。わたしはそのぐらい本気で日本で永住するつもりでした。

しかし夫は、しきりに「引っ越したい、引っ越したい」主張し続けました。理由の一つは、その英語を教える外国人たちのエージェント会社に登録していた数多くの外国人が、ほぼ全員といっていいほど、自国へ帰ってしまったのです。在日十年とか二十年以上のベテランのマネージャークラスの人たちまでが、ごっそり帰国してしまいました。このせいで「取り残されていく」感が強く募ったのだと思います。この話は、わたしにとってもショックでした。今また在日外国人の人口が増えているようですが、恐らく原発事故を境に「入れ替わった」という感じではないかと推測しています。

加えて、日本政府や東京電力が、情報を隠し続けたことです。次から次へと「実は○○でした」という話になっていました。加えて、夫は英語の情報やアメリカ大使館から出てくる情報をリアルタイムで読んでいました。日本語報道との差に「どういうことなんだ」と頭から湯気を出して顔を真っ赤にして怒るわけです。わたしに怒られても本当に困るんですが、夫としても気持ちのやり場がなかったのだと思います。このときから「日本の社会そのもの」に対する根強い不信感が、夫の中に生じました。「嘘をつく」「隠す」ということは、アメリカ人にとっては「やってはいけないことのナンバー1とナンバー2」です。とはいうものの、アメリカ政府も社会も実は日本と似たり寄ったりだとわたしは密かに思っていますが。

さらに、これは今に至るまで夫に同意せざるを得ないのですが、時間が経つにつれ「社会の中で原発事故や放射性物質について語ることが、タブーになっていった」ということに、夫はショックを受けました。「なぜ日本人は怒らないんだ」とわたしに対して激怒する。わたしに怒られても、どうしようもないんですが。