アメリカへ戻ってきた理由 2

思い出せることを少しずつ。夫には「あるスキル」があるので、自営業者として仕事をしていました(今も、なのですが)。ただし収入は多くありません(今も、なのですが)。それで、原発事故の当時は副業で英語を教えていました。ちなみにわたしは、フルタイムの仕事を「やむを得ず辞めた」直後でした。

原発事故の直後にも「アメリカへ戻ろう」という話が当然出ました。ただ、私たちは当時、アメリカから日本へ「戻って」来たばかりだったのです。まだ半年も経っていなくて生活を安定させようと必死になっていたときでした。引っ越しのために、莫大なお金を使った直後だったし、私としては「このまま日本へ家族で永住しよう」という強い意志と計画をもって戻って来ていました。

そもそも、日本へ戻った理由は、子どもが産まれたのとほぼ同時に私も夫も失業してしまい、そのまま仕事が見つからなかったからです。リーマンショックの直後とはいえ、ベイエリアFacebookの「爆発」やTwitterの「爆発直前」の時期と重なっていました。景気は悪かったものの、それがそのまま物価や不動産価格の極度な下落には繋がっていなかったと思います。一部の地域では、不動産の販売価格が3-4割下落した……なんていうニュースがありましたが、ベイエリアは違いました。むしろ当時は、賃貸物件の家賃がものすごい勢いで上昇を始めていました。理由は、二つあります。サブプライムがはじけました。その結果、フォークロージャーが続いて「自分の家」を取り上げられた人たちが、賃貸物件に移らざるを得なくなったこと。同時に、SNS関連企業の好景気が始まってベイエリアへ就職する人たちが大量にやって来たこと。

結果、その上昇が今も続いて、現在の家賃は(冗談でなく)感覚的に「同じ部屋が1000ドル近く高い」という印象です。