都市と地方

インターネットは都市部と地方の格差を縮めたか
http://gudachan.hatenablog.com/entry/2013/06/28/133844

このエントリー、とても面白かったです。但し、インターネット携帯スマホ関係無しで、「大都市圏」と「そうでない場所」の差は拡がっている、と私も思います。

地方は完全に取り残されています。取り残されている、というよりもむしろ「食い物にされている」といったほうが、正しいかもですね。このエントリーの後半に指摘があるように、地方で買い物に行く場所は、超大規模のショッピングモールです。清掃工場の隣とか、山や崖を切り崩してできた空き地に、東京ドーム3個分ぐらいかなあ、みたいな大きさのモールがドカドカ建ってます。この風景は、アメリカの地方都市……というか、もう都市とは言えないんですが……にそっくりです。

大都市圏は「日本が……」とかは、もう関係ない時代になっています。
例えば、アメリカではサンフランシスコやロサンゼルス、ニューヨークのような大都市は、もう「そこだけ別の国」と言っていいぐらいです。これらの大都市圏は、「アメリカ合衆国」という国の「平均的な姿」からは、かけ離れています。風景も、建物も、住んでいる人も、文化も、食事も、ありとあらゆるものが、全く違っています
日本でも、恐らくそういうふうになっていくのは間違いなくて……もうなってますが、多分……というのも、多分「国」というものが、今後はあんまり意味がなくなっていくような気がするのです。「どこの国に住んでいるか」ということより「どこの都市に住んでいるか」ということのほうが、多分大きな意味と価値を持つ時代になっていくと思われます。理由の一つは、大都市は「人口の下支え」があるために「その都市ならでは」という特徴的な消費や市場が、生存可能だからです。地方から東京へ出てきた人は、多分驚くと思うのですが、東京のほうが昔ならではの「魚屋さん」「肉やさん」「パン屋さん」や、個人商店、職人店が残っているのです。昭和の風景を、最も色濃く残しているのは、恐らく東京です。地方みたいに、巨大資本の「食い物」にされずに生き残ることができるのですね。そして、人はそういう場所に住みたがります。住みたがる大きな理由のひとつは「多様性」です。人が集まる場所で経済は動くのです。

アメリカでも同様に、世界恐慌(!1929年のほうですよ!)時代の建物や文化や風景が残っているのは、大都市だけです。地方都市は、どこへ行っても「冗談SF」みたいな殺伐風景が広がっています。どこも全て同じ。太って貧乏な人ばかりがジャージを着て(クローンみたい)、巨大ショッピングモールで買い物をしてます。

<追加>
以前、こういうのを書きました。
浜松の「都市計画」
http://d.hatena.ne.jp/drinkmee/20130213