「一点突破全面展開」

絶対貧困―世界リアル貧困学講義
石井 光太 (著)

本日はこの本についてです。
私は、ほとんどテレビを見ないので(NHK除く、ほぼニュースと教育のみ)、石井さんという方は存じ上げておりませんでした。でもこの「絶対貧困」という本は、初版が出たときに、自分の周辺で若干話題になったので記憶しておりました。今回、機会があったので読んでみました。

評価できる点は「イスラム世界」という、日本から非常に遠い世界について、実地で体験したルポがあるという点です。かの文化圏は、イスラム教という宗教上の理由、それからやはり距離的な問題があって「知られざる世界」です。かつ主に宗教上の理由で「潜入」が非常に困難かと思われます。それを「よくここまでやったなあ」と感心させられます。

評価できない点は、著者である石井さんの「立ち位置」が全くわからないという点です。1980年代「別冊宝島」が隆盛を極めた時代、世の中には「光と影」が存在していました。日本の社会には、まだまだ「私たちの知らない世界」が存在しており、それは警察24時であったり、麻薬の売人の世界であったり、歌舞伎町であったり、ホモの世界であったり、売春婦の世界であったりしました。ところが、1990年代も半ばに入ると、そのような「落差」がどんどん失われていき、遂には完全に消滅します。
当時の「別冊宝島」の特集内容の変遷を見ていくと面白いと思うのですが、最初は「警察」「刑務所」「歌舞伎町」「ヤクザ」といった、「世間の事象」「出来事」に関するものでした。それが、特にオウム事件以降前後、変わり始めます。即ち「拒食症」「女性がわからない」「ゲイの世界」という具合に、むしろ「人の内面世界」に関するものへシフトしていきます。
別冊宝島的に、世間の影をえぐる」という手法は、飽きられた……というより、むしろもはや誰も興味を持たなくなって、成立しなくなっていったのです。

この「絶対貧困」という本は「世界の光と影を求めて」文字どおり、世界に出て行きました……という本です。それ以上のスタンスは、存在していません。単なる「80年代的『世の中の光と影』に対する、ノスタルジーです。
「貧困に対する解決策」とか「世界経済の歪みが…」的なクダリは確かに出てくるし、それなりに考えているのでしょう。ですが、まるで牛乳を沸かしたときに出来上がる「薄皮」みたいな感じで、それ以上でもそれ以下でもありません。牛乳を沸かしてそれを発酵させて、いっそのことサワークリームにしてしまうぐらいの「何か」が決定的に欠けています。「何か」というのは、「思想」かもしれないし、「倫理」「哲学」、そんな格好良いものではないですね、むしろ「執着」「私怨」「怨念」というような、そういうモノなのです。

この本を読むとルポルタージュ」や「ノンフィクション」を書くときに、本当に必要なモノは何なのか、ということが逆の意味で照射されてくると思います。

その意味では「私怨と執着」のある書き手のルポは、それが狭い範囲のものであっても「一点突破全面展開」的な、広がりと深さを感じられるのです。

<追記>
別冊宝島、って1976年に始まっているのですね。
それから、町山智弘さんが「おたくの本」で爆発的なヒットを作りました。いろいろ思い出してきたのですが、この「おたくの本」あたりから、別冊宝島の内容が「内面世界」へシフトしていったように記憶しております。私は「宝島30」を欠かさず買って全巻保存していましたが、アメリカへ引っ越したときに手放してしまいました。無念。