「僕は女の子にお金を払ったことは一度も無い」

サンフランシスコに住んでいたとき、近所に、毎日毎日(それは、本当に「まいにち」でした)、違う女性を助手席に乗せて、アパートから出て行く男性がいました。時々、近所の喫茶店で顔を合わせることがあって、話をする機会があったので、聞いてみました。


この男性は「出会い系の中毒」とでもいう人でした。毎日、仕事から帰ると何時間も何時間もずっと出会い系サイトにアクセスして「自分の結婚相手」を探している、と言うのです。
彼はアイビー・リーグの学士・修士をもっていて、サンフランシスコ市内の超大企業に勤務していました。最初は「ホントかよ」と思っていたのですが、いろいろありまして、本当だということが判明。


彼は、「ネットが理由で、出会い系にはまった」わけではありません。それ以前から、匿名での出会いを繰り返して、日替わりで女の子とセックスしていました。
この時に彼から聞いてに知ったのですが、アメリカにもインターネット以前に「匿名の出会い系電話」があったようです。聞いてみると日本の昔の「パーティーライン」に近いもののようでした。その他にも、各種新聞の「出会い求ム」という交際欄を利用して、とにかくありとあらゆる方法を駆使して、何百・何千という女の子と出会って、その日限り、長くても数週間という関係を続けていました。多分、今も。


アメリカの「出会い系事情」を知るという点で、この人の話は本当に面白かったのですが、あまり深い話をする前に、私が引っ越してしまいました。


それよりなにより、彼の話を聞いていて、驚いたせりふがあります。
でも、僕は女の子にお金を払ったことは一度も無いよ。カネを払って女を買ったことは、ただの一度も無い
と、非常に誇らしげに言うのです。


そして、腑に落ちました。
アメリカ人の多くは「売春婦を買う」ということを、非常に「ネガティブな行為」と見ています。
「売春婦を買う」というのは、「カネを払わないと、女とセックスも出来ない」ということです。
そして「カネを払わないと、セックスも出来ない」劣位男性に、売春婦「値段をつけます」。


「ほとんど原価のないもの」に対して、値段をつけるときに、あなたがもし商売人なら「買い手の懐具合を見て、値段を言う」のは当然のことでしょう。
例えば「そこらへんの石」を「幸福の石」として売るとき。
例えば「お祈りをあげること」を「祈祷」として売るとき。
例えば「水道の水」を「聖なる水」として売るとき。


売春婦は「男の懐具合」を見て「2000円でもいいよ」「3万ちょうだい」と言うわけです。交渉が成立しなければ、決裂することもある。あるいは「3万っていったけど、じゃあ5000円でもいい」ともなるのです。「しょうがないな、カネもってないなら安くしといてやるヨ」ということです。
この「見下げられ感」。
でも、そもそも「売春・買春」とは、そういう行為です。


<追加>これ、「値段が高くても」同じことなのです。男が嫌うのは「売春婦が値段を決める」ということです。
それがレイプでない以上、セックスを最終的にする・しない は、売り手が(売春婦が)決めます。それを、男は嫌うのです。だから、映画の中とかで、売春婦が値段を言った瞬間、男が激怒して売春婦を殴ったり殺したりするシーンがありますね。


アメリカの売春の多くは「個人ビジネス」である故に、このような「売買春における、逆立した権力関係」を、買う男が熟知しています。そして、それを非常に嫌います。

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日本は、江戸の昔から「売春」が「遊郭」という形で、システム化され社会に組み込まれていました。
遊郭」として売春をシステム化することで、売春に伴う様々なリスクを下げています。それは病気のリスクであったり、「下郎の女に結婚を迫られる」リスクであったり、「売春婦から見下げられる」リスクであったりします。


近代化がはるかに遅れた日本では、「結婚とロマンチックラブ」の結合も、欧米から何百年も遅れています。
「恋愛は妻(or妻となるべき女性)とするもの」という倫理は近代になって出現したものです。この「倫理」の社会への浸透も遅れました。今でも「浸透している」とは言いがたいですね。橋下市長の某発言は、それを証明したように思います。


ですが「橋下許せん」と怒るアメリカ人が、日本よりも特別にフェミニストだ、とは私には到底思えません。
日米を問わず、男性は「システム化され、リスクの下がった売春」には、喜んで応じます。それは世界各国の軍基地の周辺に、大量の「遊郭」があることでも証明されます。世界には未だに、吐き気がするような売買春の風景が、そこらじゅうにあります。
日本人とアメリカ人に違いがあるとするなら、アメリカ人は売春婦とでも結婚しちゃうことがあります。というか、かなりあります。すぐ離婚したり、殴って捨てたり、殺しちゃったりもしますが。


その意味では、橋下市長の発言は、まさに「本音」を言い当てた発言だと私は思いました。でも「そういう本音」は、欧米的近代社会のお作法の中では「絶対に言ってはいけない」ことなのでした。
日本以外のほとんどの国では、「一応、女も人間」ってことになってるんですから。