「花嫁のアメリカ」

Facebookは、ホント終わってるよね~、理由はもう言うまでもなく。でもTwitterはまだもう少し耐えられるかな……と思っていた昨今なんですが、Twitterの寿命ももう長くないかも。最近、宣伝とオルグに使う人ばかりで、すっかりウンザリ気味・食傷気味です。まぁ、Twitterの有効な使い方って多分それしかないんでしょうけど。そのうち、読む人がいなくなる予感。

というようなことはどうでもいいです。

花嫁のアメリカ 著・江成 常夫 1981年出版(絶版)

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太平洋戦争後、アメリカ軍人と結婚してアメリカへ渡った「戦争花嫁」たちの「その後」の記録集です。著者の江成常夫さんは写真家で、アメリカ西海岸に長期滞在し、100人以上の戦争花嫁たちをインタビューし、家族(or本人)のポートレートを撮影しています。但し匿名を条件にインタビューに応じた人もいて、その人たちの写真はありません。

1920年代生まれから戦後生まれの「戦争花嫁」まで、ほぼ年齢の高い順になっています。

1920年代-1930年代生まれの人たちには、植民地時代の朝鮮半島・中国の出身者が多く、いわゆる「内地出身」ではありません。戦後、植民地で事実上「棄民」として生きていくために、身売りを繰り返した後、軍人と結婚せざるを得なかったような人もいて、胸が痛みます。純粋に「恋愛」の結果、結婚した人も勿論数多くいますが、半分以上は「自分と家族の生活のために」アメリカ軍の関係施設で働き、その結果として結婚に至っています。中には、結婚した夫が蒸発してしまったり、何度も中絶を繰り返した挙句棄てられたりしたケースも。また、結婚してできた子どもなのに、出産後、日本人の医師に勝手に赤子を殺されてしまった(「合いの子はいらない」)というケースもあり、本当に酷い時代だった……ということを今更ながら思い知らされます。

アメリカへ渡った後の生活も厳しいケースが多いです。離婚と再婚を何度も繰り返している人、夫のアルコール依存や暴力から死ぬ思いで逃げてきた人、続く朝鮮戦争ベトナム戦争のために夫と死別した人、死別後やむなく再婚した人……、人生の「ヒダ」をこれでもかと、しかし淡々と語っています。

戦後の「戦争花嫁」は、いわゆる「世間様」から白眼視され、家族の反対を押し切って出てきた人たちがほとんどです(全員ではありません)。著者の江成さんは「あとがき」の中で「戦争花嫁」という単語だけで、電話を切られることもある……というほどクリティカルな単語だ、ということを知った……、と書いてあります。

つくづく感じるのは「愛国心って何だろう?」ということです。渡米して数十年、アメリカの市民権をとった(=日本国籍を放棄した)人も数多くいます。「日本の両親が亡くなって、また日本が遠くなりました」「もうアメリカの土になる覚悟をしています」と、皆が異口同音に語っています。それでも、日本の味に飢えたこと、日本が懐かしくて泣いたこと、自分が日本人であることは絶対忘れたくないこと、……も、やはり同じようにほぼ全員が語っているのです。かつての「敵国人」を伴侶とし、祖国を追われるように出てきた日本人女性たちが、そう言うのです。「日本人であること」「国を愛する」ということの本質とは何なのか、という問いかけが、そこにはあります

膨大な手間と時間がかかっているであろうことは容易に想像できますが、それ以上に、著者である江成さんの並々ならぬ「聞く力」には圧倒させられます。そして、写真もさることながらインタビューを書き取った文章の「味」には、読むのを止められない、尋常でない面白さがあります。